先日、昼休み散歩中に見つけた、
京に乗り込む前の新選組の近藤勇の道場、天然理心流道、試衛館。
が、あったと思われる場所。

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ある日、試衛館にやたら強い道場破りが現れたので、
ご近所の神道無念流練兵館まで応援を頼みに行く、
という妄想の散歩でございます~

地図上では、こういうルートです。
(貼り付けたら小さいので、リンクしました。)

Inkedpeinto - コピー_LI

よーするに、牛込柳町から靖国神社までの往復散歩です。

試衛館跡は牛込柳町駅のすぐ近くです。
牛込柳町って、どんなところかイメージできない向きも多いかと思います。
新宿区にある大江戸線の駅です。住宅地で寺が多いです。
駅近くの地図をみると・・

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牛込柳町、若松河田、早稲田といった一帯には
国立国際医療センター、国立感染症研究所、東京女子医大病院など、
おおきな医療機関があります。
今も防衛省とか機動隊の建物がありますが、
昔、陸軍士官学校、第一陸軍病院があったエリアが近いのも影響してるんだろうな~

ともあれ、出発地点はほぼ牛込柳町駅。
古地図をみつけました。
左上に「市ヶ谷柳町」と書いてあるところをもってくると、
歩いたコースがほぼそのまま道として残ってるようです。凄い。

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町名は、江戸~明治期を感じさせるものが多いです。
おそらく関東大震災、東京大空襲の被害が少なかったんでしょうね・・
明治になってつけられた地名で、
旧幕府の大棟梁、甲良氏から名前をもらって市谷甲良町だそうです。


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細工町(さいくまち)。
武具、馬具などの職人が住んでたあたりだそうです。
このへん、近くに箪笥町(たんすまち)というのがあり、
箪笥=クローゼットではなく
当時は幕府の武器の総称だったそうで。
具足奉行・弓矢鑓奉行組同心が住んでたあたりだそうです。
近くには、
山伏=修験者がたくさん住んでたから北山伏町、
鷹匠がたくさん住んでたから市谷鷹匠町 なんて地名もあります。

和風なつくりのお店。
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・・があったかと思うと、
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シャンソン・フランス文化研究所なんてのもあります。

モダンな建築が出現。
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法政大学でした。
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あんまり坂っぽくないけど標識がありました。

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雅楽頭説のほか、
善告鳥(うとう)(海鳥の一種)」の口ばしに似た地形だから説もあるそうです。


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新見附橋を渡ります。
下に見えるのは、川ではなく皇居の外堀です。緑みどりしてますな~
右の方にみえるのは総武線と中央線の線路。

だらだらと坂を上る間に・・
オシャレなカフェ。
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もうちょっといくと靖国通りにつきあたります。
ちなみに外堀からだらだら歩いてきたこの坂は、「一口坂」。

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「ひとくちざか」ですけど、
「いもあらいざか」とも読むようです。
神田駿河台に「一口稲荷」いもあらいいなり、というのがあるそうです。
「イモ」は芋ではなく、
疱瘡を意味する「ヘモ」の転化で、「アライ」は「洗い」、
すなわち「イモアライ」とは「疱瘡を治す」という意味があるそうで・・
太田道灌が疱瘡神として知られた山城国一口(いもあらい)の里(現在の京都府久御山町)の社を
江戸城内に勧誘、のちに徳川家康が神田に移したのが駿河台のいもあらいの言われで・・

ここの一口坂も、一口稲荷に何かかかわっているのではないか。とのことです。

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ともあれ、靖国通りに出れば、もうすぐです。
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靖国神社の塀が続きます。
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南門から入ってすぐに・・
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練兵館跡が、あったー!

斎藤弥九郎によって開かれた練兵館は、幕末の三大剣術道場のひとつです。

「技の千葉」(北辰一刀流・玄武館)、
「位の桃井」(鏡新明智流・士学館)、
「力の斎藤」(神道無念流・練兵館)。

場所は九段坂上・・今の、靖国神社の中にあったそうです。

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高杉晋作、桂小五郎、井上聞多、伊藤博文など、
幕末の志士が多く学び鍛錬を積んででいたそうです。

まっすぐ進んで左側をみると、鳥居の向こうに本殿。

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これぞ靖国神社な風景だな~
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横っちょから入ったので、参道を逆に下っていくと・・
普通に、売店兼休憩所があります。

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その前の灯篭には・・
「華族会館」
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・・ここ、明治から昭和初期にかけては華族の休憩所があったのか、と思ったんだけど、
旧華族の親睦団体、今の霞会館が、
西南戦争の戦没者を追悼して、明治39年に献納した灯篭なんだそうです。

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灯篭は62基あります。

で・・
参道でなにより目立つのが、
大村益次郎の銅像。日本近代兵制の創始者。
長州藩で幕末に大いに活躍して明治維新を成功させた人物の一人。
司馬遼太郎の「花神」のあの人です。

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眉毛すごいです。
視線の先は上野・・彰義隊がたてこもった上野寛永寺をみてるそうです。

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もともと靖国神社は「東京招魂社」
幕末に幕軍に誅殺された志士の慰霊のための場所だと、これ書くのにネット上彷徨って知りました。
というか、たぶん日本史の時間に習ったんだろうけど、すっかり忘れてました。
明治2年6月に明治天皇が八百万の神々に日本の平和を祈り、鎮座したものだそうです。

歴史の参考書を読み直してみようと思いましたよ。
きっと子供の頃、ただ試験のために覚えて、
試験終わったら、すかーっと忘れ去った、実は大事なことがいろいろ書いてあるんだろうなあ。

・・そんなわけで、ともあれ、
練兵館の精鋭を拝借して試衛館に戻ります(笑)

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一口坂をだらだらと下り、

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外堀がみえてきました。
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見づらいですが、お堀沿いは「東京市外堀公園」

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桜の季節はいい景色だろうなあ。

由緒ありげな町を通り抜け・・

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砂土原町。
本田佐渡守別邸跡で、埋め立てにつかう土砂を取りにいった場所から名前が付いたそうです。
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うなぎ坂だってさ~
さぞかしくねくねしてると思ったら、今は全然まっすぐでした(笑)
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古地図にも「ウナギサカ」があります。
下の方の、沢瀉紋の水野大炊頭の屋敷の上、払方町のあたりにあります。
もしかして昔からまっすぐだったのかな?!


その、払方町も今にのこってます。

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たまに見かける、何の意味があるのかよくわからないけど、
ソーラーパネルが付いててそのエネルギーで何かが回ってる系のオブジェでした。

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ほぼ向かい側は「納戸町」
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どちらも、住んでいた武士の役職が地名になった場所だそうです。
納戸役は、将軍のてもとにある金銀・衣服・調度の出納や、
大名旗下の献上品・将軍の下賜品を取り扱う仕事。
その内の下賜品を取り扱ったのが、払方だそうです。

オシャレな賃貸の入り口。
町名は二十騎町。にじっきまち、とよみます。
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江戸城の門警護、将軍外出時の警護を担当する役職をお先手組といいます。
お先手組の構成員の与力(一組10人)が2組住んでた場所で、
与力は馬に乗っていい職業なんで単位が「騎」、ということで二十騎町なんだそうです。
ちなみに、町奉行の町方与力は文官だけどお先手組は武官なので、
構成員の与力も同心もやり口が荒っぽかったそうで・・

ともあれ・・
こんな、どこにでもありそうな素朴な路地もあり、
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なんじゃこりゃ?なオブジェ的な家もあり、な一角です。
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ちなみに・・
この家は著名人の家でした。へえ~。

なんてうろうろ歩いてるうちに、
牛込柳町に戻ってきたよ~
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出発地点の試衛館はすぐそこです。

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ちなみに、助っ人は、
「ただいま戻りました!」と言って入ってくるのが通例だそうです~

以上、ぶらぶら写真とったり寄り道したりでも、1時間45分ぐらいで往復できました。

今週のたなくじは・・
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ワンモアか~。
ちょっと期待してみよう~

ワンモアとはちょっと違うけど、
いまだに、時々使ってしまう言葉・・
「モアベター」(笑)

小森のおばちゃま、なんて知ってる同僚いないんじゃないだろうか(爆)